© 2017 syafuku-ai.com inc.​

<2011年11月>財団法人JKA(競輪とオートレースの振興法人)より補助金にてハイエースを頂きました。 心より感謝申し上げます。

あいについて

基本理念

「よりよく生きる」生命の保障と生活の質の向上

活動目的

一人ひとりの意思を尊重し、その自己実現をサポートする環境を作り上げることです。

一人ひとりの命の輝きを大切にして、地域で暮らせるサポートシステムを築き上げることです。

​法人の沿革

08年05月 県立二葉養護学校に通う障がい児の親が中心となって「夢(む)すばる」発足

13年04月 障がい者のための生活支援ガイドブック「Dear Life」発行

15年01月 夢すばるの社会福祉法人化を実現する会結成

15年11月 NPO法人 夢すばる 認証

17年08月 前橋市心身障害児集団活動訓練事業委託

18年06月 社会福祉法人あい設立認可

18年09月 国庫補助金によりぷらーな建設工事着工

18年10月 ヘルパーステーション おはな開設
     日本財団助成金によりあらまき食堂改修工事竣工

18年11月 あらまき食堂プレオープン

19年02月 障害福祉サービス事業所 ぷらーな竣工

19年04月 ぷらーな開設(生活介護10名 就労継続B型10名)

21年04月 放課後クラブ ゆーふるの運営を前橋市より委託
      (NPO法人夢すばるより社会福祉法人あいに移管)

22年03月 ぷらーな定員変更(生活介護15名)

22年06月 放課後クラブ ゆーふるは新体系の児童デイサービスに移行し
     事業所も「児童デイゆーふる」に変更

23年03月 ぷらーな定員変更(生活介護17名 就労継続B型13名)

24年10月 ゆーふるの移転新築工事着工

25年03月 ゆーふる新築工事及びこせら改修工事竣工 

25年04月 ゆーふる移転開設(定員20名)

25年04月 こせら開設(就労移行6名 就労継続B型14名)

28年04月 ゆーふる定員変更(定員10名)

28年09月 相談支援事業所りん 開所

​常務理事 挨拶

「社会福祉法人あい」は母親たちが立ち上げた社会福祉法人です。

 資金があったわけでも、土地があったわけでもなく、何も無いところからの出発でした。重症心身障害という、障がいの中でも最も重い、命の危険と隣り合わせの子どもたち。特別支援学校卒業後の進路先が無かった為、自分たちで作るしかありませんでした。1袋300円の手作りパンを売り、1枚1500円のTシャツを売り、障がいのある子どもを日々育て、介護しながら活動すること10年、施設建設のための自己資金の目処がたち、多くの皆さまのご支援があって「あい」が立ち上がりました。県内では小さな社会福祉法人です。

 「あい」はI 私という意味です。「私」が大切にされる場です。そして愛 出会いの会 向き合う相 合 時に間をおく間 という思いが込められています。法人事業所「ぷらーな」はサンスクリット語で「命」人間の中心を走る「気」という意味、「おはな」というヘルパー事業所は、ハワイ語で「家族」、家族に代わる支援をするという意味、「ゆーふる」という児童デイサービス事業所は You あなた(友) 優 勇 雄 悠 憂がいっぱいあるところという意味です。ささやかですが、其々に精一杯の思いを込めて名づけました。

  


障がいをもった子どもが生まれた時、家族にとって、特に母親にとって「障がい受容」のハードルが最も高いと言われます。五体満足に産めなかった自分を責め、何もできない、この身体で生きることの不安に押しつぶされ、時に命を絶つことも考えました。これほどの苦しみは他に存在しないのではないかと、神様がいるなら何故私に?と繰り返しくりかえし、返ってこない答えを求める日々でした。「受容」の仕方は人其々ですが、時間の経過と共に現実を受け容れる覚悟も備わり、母としては幼いながら、前に進む選択肢しかないことを悟っていきます。20数年が経ち、「育児」の「じ」は自分の自「育自」であったことに気づきました。返らない答えを求めましたが、自身の成長のために必要なことだったと、キレイ事ではなく、心から子どもに感謝する日々です。

  


しかしながら、彼らを取り巻く環境、「福祉」は厳しいと言わざるを得ません。高齢化社会を迎え、その国家予算を考えるに、大変な時代になったと素人でも察することができます。そういった中で、声の小さい障がいは見落とされ、且つ重症心身障害という障がいの中でも少数派の声は、何処にも届かない現状があるようです。そもそも彼らは、生まれてから命閉じる最期の時まで「入所」施設の中で暮らしが完結していました。一概に「入所」を善、悪では語ることはできません。なくてはならない施設です。しかしながら「在宅」が謳われるようになり、地域での暮らしを希望する人達が増えて参りました。やっとふつうの暮らしが保障される社会になりつつあるということだと思います。家族は「親亡き後」のことを心配するものですが、この心配が無くなる日を所望いたします。

  


生まれてきたこと、所在すら隠して育てられた時代を経て今、私達は、どんなに重い障がいがあっても、彼らが一人の人間として尊重され、「生まれてきてくれて良かったね」と言える社会であって欲しいと願います。物理的な生産性はありません。しかし存在そのもの が「生きる」意味を考え、時に勇気を与え、純粋な笑顔は心を癒し、意味があり、価値ある存在として生きているのだと思います。

 

 
自分の子どもという視点から、私達の子ども達という視点に変わったのは、母として、大きな成長の一つだったと思います。

 「あぁしてほしい!こぅして欲しい!」と反旗を翻し、障がいの上に胡坐をかく気持ちは毛頭ありません。自分たちも社会資源となって、出来る限り還元して参ります。与えられた環境を甘受し、障がい福祉の担い手の一人として努めていく所存です。それでも、何分体力がなく、小さな法人故に、皆さまのご支援を賜れましたら幸いです。重症心身障害という、数少ない彼らが、地域で「ふつう」に、より豊かに暮らしていける社会となった時、間違いなく、誰にとっても「豊か」な社会になるものと思います。